浅田

伝統からの創造

加賀料理の継承者として伝統と革新の料理を作り続ける料亭「浅田」

会社概要

会社情報

会社名
浅田屋伊兵衛商店株式会社
代表者名
浅田 松太
設立
昭和35年12月
創業
第一次創業:萬治二年(加賀藩中荷物御用・浅田屋伊兵衛)
第二次創業:慶應三年(旅人宿浅田・浅田庄平)
資本金
1,627万円
店舗
■赤坂浅田 東京都港区赤坂3-6-4 地図はこちら
■赤坂伊兵衛 同上
■青山浅田 東京都港区北青山2-7-13プラセオ青山ビルB1 地図はこちら
■名古屋浅田 愛知県名古屋市中村区名駅1-1-4 セントラルタワーズ12Fタワーズプラザ 地図はこちら
■名古屋伊兵衛 同上
加盟組合
赤坂料亭組合・東京都料理生活衛生同業組合・東京日本料理業芽生会

浅田の由来書

加賀百万石の豪華絢爛な文化を創り上げた金沢藩。
江戸時代の三百年を過ぎてなお現代に至るまでもその文化を伝承した前田家歴代の藩主の功績は今あらためて多大な評価を得ています。
前田利家初代藩主は信長と共に転戦を重ね名古屋の荒子城から、能登、そして金沢へと領地が移封されてきます。
一方浅田屋の始祖浅田屋伊兵衛は萬治二年(1659年)、時の加賀藩主前田綱紀卿より「中荷物御用」を百ヵ年間忠勤したことを認められ五人扶持・苗字帯刀を許されました。

前田利家初代藩主に認められてから百年、商人でありながらその業績を具体的に認められた浅田屋伊兵衛はその後「江戸三度」という組織を立ち上げ棟取りを勤めました。

江戸三度とは一ヶ月に三回金沢と江戸本郷の上屋敷を結ぶ物流の定期便です。
藩主の夏冬の衣類から藩の重要書類に至るまで、信頼された者だけに許された仕事を明治時代直前まで継続して参りました。
その間2年に1度の参勤交代時の二千人を超える藩士の食事の手当て、消耗品の手当て、宿舎の段取り等々の仕事も勤めて来ました。
徳川幕府の体制が終わろうとする慶応三年(1867年)、時の浅田屋の経営者浅田屋庄兵衛は加賀藩に中荷物御用の鑑札を返上、金沢本店跡地に旅人宿「浅田」を開業しました。
上の版画はその当時の「浅田」の模様を描いたものです。(石川、加賀商工百店・明治二十年刷)

江戸では、加賀藩下屋敷は板橋に(現在の加賀町)、上屋敷は赤門で有名な本郷にあり慶応三年まで浅田屋の江戸の店はそれぞれのお屋敷内にありました。
飛脚業と加賀料理料亭という業種こそ異なりますが江戸あらため東京には昭和46年(1971年)に104年ぶりに赤坂店を出店、同じく平成6年(1994年)に青山店を出店しました。
そして、このたび平成16年(2004年)ご縁に恵まれ、前田家ゆかりの地、名古屋に参りました浅田屋でございます。
何卒よろしくお引き回しの程お願い申しあげます。

浅田のクレド

浅田は「お客様の大切な場面で安心して任される料理店」を目指します。

お客様の心が豊かになる店として品格と非日常性を大切にします。

お客様がゆっくりお過ごしいただく居心地の良い「空気」を創造します。

料理

きめ細やかな心遣いで工夫された
おいしい料理を提供します。

愛情を込め誠意をもって料理をお作りします。

四季を感じ、
時代背景をとらえ旬の献立を考え抜きます。

接客

すべてのお客様を、
心からの笑顔と感謝の言葉でお出迎えします。

お客様の行動や表情に気を配り一歩先回りをした行動を取ります。

常にお客様の立場にたって考え誠実な対応をします。

空気

細部まで清々しく徹底した清掃をおこないます。

身だしなみを整え心の姿勢を正します。

藩政時代より受け継ぐ金澤の豊かな文化をお伝えします。

浅田の約束

浅田はお客様と従業員にとって一番の料亭を目指します。
凛とした空気
そこはかとない美味しさ
心地よい余韻
非日常を感じる空間。
日本古来の伝統を重んじながらも過去に捕らわれることのない新しい料亭です。
人として磨かれる場や機会を提供し
浅田の従業員であることを誇りに思える会社にすると約束します。